ショパン・ピアノソナタ第2番・第3番
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ショパンのピアノソナタについて

作品の特徴:
・作曲形式面で束縛されるのが苦手だったショパンが書いたピアノソナタ
・4楽章という珍しい構成で書かれた大規模なソナタ
・楽章間の有機的統一に難があるとの指摘も
・ショパンの独創性が現れたピアノソナタ第2番、第3番はピアノ音楽史上の傑作と評される
・構成上の束縛を独創性で補ってなお余りあるショパンの音楽の魅力に酔える作品

 「ピアノソナタ」とは、一般的に、第1楽章にソナタ形式(提示部(繰り返し有り)、展開部、再現部)のAABA' の構成を持つ長大な楽章をおいた多楽章構成の作品です。既に、古典派前期のハイドンやモーツァルトに よってその様式が確立されており、器楽曲のみならず、交響曲や協奏曲の第1楽章にも用いられるなど、作品の形式美、様式感の 実現のための一般的手段として、ロマン派時代以降もこの伝統的様式が受け継がれていったのは、周知の 通りです。

 ショパンは生涯でピアノソナタを3曲書きました。しかしショパンにとって、ピアノソナタという構成上の 束縛は非常に耐えがたい苦痛だったようで、少年時代、教師のヨーゼフ・エルスナーの奨めで作曲した 第1番は、その厳格な形式に捕らわれすぎたのか、楽想そのものが閃きに乏しく習作の域を 出ていないため、演奏される機会はほとんどありません。 しかし、やはり独創性を大切にして自由な構成で書かれた第2番、第3番は、両曲とも彼の創作史上でも稀に見る傑作と 言ってよく、現在の多くのピアニストの主要なレパートリーとなっていることは、周知の通りです。

 ショパンのピアノソナタは、当時の伝統的な流儀だった3楽章構成ではなく、3曲いずれも4楽章構成の、 規模の大きい作品となっています。いずれも第1楽章に長大なソナタ形式の楽章を据え、第2楽章に テンポの速いスケルツォ、第3楽章に歌謡的な性格の緩徐楽章を置き、速いテンポの第4楽章で 締めくくるという構成は共通しています。

 ショパンの3曲のピアノソナタを「人気度」という観点から見ると、第1番に対して、第2番、第3番が 圧倒しているというのは、皆さんもご存知の通りで、現在発売されているショパンのピアノソナタを 収録したCDは、収録時間の都合もあり、大抵は第2番と第3番のカップリングとなっています。 第2番は、第3楽章に有名な「葬送行進曲」があり、死の 恐怖におびえるショパンの魂の叫びをそのまま音にしたような暗い絶望と激しさが全曲を支配しており、 名曲です。第3番の方は非常に美しい楽想に満ちており、知・情・技がより高い次元で三位一体 となった不朽の名作で、ショパンの最高傑作の一つに数えられています。

ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35

作曲年:1839年  出版年:1840年

ピアノソナタ第2番は、とりわけ有名な第3楽章の葬送行進曲が1837年に作曲され、続いて第1楽章、 第2楽章、第4楽章が作曲されました。各楽章の有機的な統一性、ソナタ形式の構成等に難があるとされ、 これを聴いたシューマンは、「4人の乱暴な子供達をただ一緒につなぎ合わせただけ」と評しています。 しかし、各楽章にはショパンの独創性が盛り込まれており、ピアノソナタというより、4つの個々の 全く別の作品として聴けば、傑作と呼ぶに値する内容であることに間違いないと思います。

第1楽章 Grave〜Doppio movimento 変ロ短調 2/2拍子
短い序奏の後、左手の広音域の伴奏に乗って右手が変ロ短調細切れの主題を奏でます。これが技術的には かなりの曲者。左手は上から10度を押さえられる大きさがなければこの部分を弾くことは難しいと思います。 続く第2主題は変ニ長調の美しい旋律となりますが、この部分の最後の方は、ただ美しいだけでなく、ショパンの 魂の叫びが聞こえてくるような、痛切な響きへと変わっています。提示部の最後は、3連符の連続で 力強く終わります。展開部は細切れの第一主題のモチーフをそのまま使用し、徐々に高揚していき、その 激情は137小節目で大爆発を起こします。この部分のお膳立てをどうするかが演奏者の腕の見せ所で、 私はこの部分を、本楽章のを聴くときの最大のポイントにしています。本楽章の面白いところは、再現部 では第一主題が省略され、いきなり第2主題が示されることです。これは短3度下がった変ロ長調で、 夢想的な変ニ長調に比べるとやや現実的な響きがします。調性的な考慮から、変ロ短調で始まった本楽章を を同名長調で終わらせるための形式的な技法のようです。とにかく本楽章は、提示部の変ニ長調の旋律を とこまで痛切に歌わせられるか、展開部の大爆発への持っていき方はどうか、の2点に絞って聴いて みることをお薦めしたいです。

第2楽章 Scherzo,Presto ma non troppo 変ホ短調 3/4拍子
典型的な3部形式(ABA')で書かれたスケルツォ。暗く激しい情緒のA部は、技術的にはそれほど難しく ないので、一点一画きっちり弾いてメリハリのある音楽作りを目指したいです。オクターブの連打、4度の 連続(半音階)、そして高音域の跳躍等の技術的な課題をクリアし、強靭な打鍵で演奏できれば、本楽章 のほぼ半分は手中に収めたといってよいと思います。中間部は、打って変わって変ト長調で穏やかな情緒が 支配します。これは私の感覚ですが、この部分は24の前奏曲の第13番嬰へ長調と似通った雰囲気と感じます。 極めて平穏で柔らかな響きです。再現部ではやはり変ホ短調で主題が再現されますが、最後は中間部の主題が 回想されて終わります。

第3楽章 Marche funebre, Lento 変ロ短調 4/4拍子
言わずと知れた有名な「葬送行進曲」。本曲では実はこれが一番先に作曲されました。3部形式で、暗く重々しい雰囲気 の出だしはまさに死者を弔う儀式の音楽です。その情緒は次第に高揚し、悲痛な叫びとなって爆発します。 対して中間部は変ニ長調の静かで美しい旋律ですが、変イ長調に転調してから中間部の中ほどにやや情緒の高まりを見ます。この部分の、なんと いうか、やるせない感じを表現するのは結構難しいかもしれないです。再現部は提示部とほぼ同じものですが、 悲痛な叫びの2回目だけフォルテッシモで弾かない人が多いです。葬送の行列が遠くへ去っていくことを 表現しているのだと私は勝手に解釈しています。

第4楽章 Finale, Presto 変ロ短調 4/4拍子
出だしから最後までユニゾンが延々と続く、不思議な楽章。調性もはっきりせず、曖昧模糊とした つかみ所のない音楽のようですが、これは、葬送の行列が過ぎ去った無人の墓場にふく、砂煙の混じった 冷たい風を表しているように感じます。本当に得体の知れない不気味さを感じる不思議な楽章です。
※この楽章を弾ける、あるいは弾いたことのある方は、相当なショパンマニアです。自信を持ってください。 (私は、よく「ショパンが好きだ」という人のレパートリーを見るとき、この楽章を弾いたことがあるか を聞いて判断しています←YESと答える方にはなかなかお目にかかれない(笑))

ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58

作曲年:1844年  出版年:1845年

第2番と同じノアンのジョルジュ・サンドの別荘で作曲されました。第2番に比べ、各楽章に有機的な統一性 が見られるだけでなく、豊かな楽想にも満ちており、円熟期の傑作の中でも頂点をなすものの一つと して位置付けられています。第1楽章に聴かれる抒情性は比類のない美しさである一方、第4楽章で 現れる高度な演奏技巧は、本作品の演奏効果をより一層高めています。

第1楽章 Allegro maestoso ロ短調 4/4拍子
序奏も何もなくいきなり示されるロ短調の第一主題はこの作品のモチーフとして度々使われます。調性的にも 非常に入り組んでおり、平均でも2秒に一回は転調しながら、その動機が極めて天才的に処理されていきます。 曲の冒頭がいきなりこんな感じではきっと挫折する人も多いのではないかと思っていますが、それとは対照的に 第2主題は極めて平穏なニ長調の美しい旋律です。ショパンはニ長調という調性が大嫌いだったという 説がありますが、これをきくとそんなことを感じさせないです。しかし、この旋律も全くつかみ所のない不思議な音楽で ただ単に感じたままを音にすると焦点がぼやけてしまう危険があるので、一度ピアノから離れて、楽譜を 目で追いながら、頭の中だけで音像を構築するという特殊な作業が必要になるかもしれないです(私はそういう 工夫をして、この旋律をやっとそれらしく聴かせることができるようになりました)。この旋律が嬰へ短調 で終わると、そこからの経過句もショパンの後期の作品ならでの鮮やかな作曲技法で天才的に処理され、 (実は私はこの辺がたまらなく好きではまってます)最後の安定部である、ニ長調の終結部に入ります。この 左手から右手に受け渡す形をとるニ長調の旋律の何という美しさ、まるで海を見下ろす小高い丘の上に立って 水平線に沈んでいく夕日を見ているような、そんな現実離れした神々しいばかりの美しさ。とくにADGHの ハーモニーは天国的ともいえるほどで、私はこの曲を知ったばかりの頃、ここを聴いては涙を落としていました。 私にとってここは特に思い入れの強い部分なのです。
展開部は第一主題の動機を用いながら、極めて不安定な調性で書かれ、(ここを最初に聞いたときは、訳が 分からなくて恐怖の瞬間でした)特にこの展開部のクライマックスは無調音楽一歩手前とも言えます。ここは 技術的にも難しく、音楽的なものに至っては何を表現したらいいのか、今現在も全く掴めていません(みなさんはどうでしょうか) しかしそこを通りすぎると、変ニ長調というはっきりとした調性が立ちあがり、ほっと 一安心します。ここはあたかも、何も見えない真っ暗なトンネルの中でようやく一条の光が見えてきた 感覚になります。この辺から再現部に突入するあたりの、つかみ所のなさを表現するのがこれまた難しく、 やっと再現部にたどり着いたときには全気力を消耗してしまっていたりします。再現部は例の4度の全音 下降など、提示部で示されたものを擬似的に使いながら短縮し、第2主題が、提示部のものより短3度 低いロ長調で示されます。こうして聴いて見るとロ長調という調性はニ長調に比べてシックで落ち着いた 深い印象を与えます。この再現部の終結部もロ長調で書かれていますが、ここは、既に夕日が沈んでしまって、 まだ清明な青さの残る夜空を見上げているような、そんな感じで私には聞こえてきます。個人的には、 この部分はニ長調の方がずっと好きなんですけど。
第一楽章がこんなに内容の濃い作品だから、私はピアノソナタ第3番の熱烈なファンになってしまいました。 私の場合、ピアノソナタ第3番と言えば、もうこの第1楽章に尽きる!!と言ってしまいます。

第2楽章 Scherzo, Molto Vivace 変ホ長調 3/4拍子
典型的な3部形式のスケルツォ。ABA'と名づけると、A及びA'は変ホ長調、Bはロ長調。その何の脈絡も なくやって来る意外な転調が面白いです。A及びA'部は右手が絶え間なく動き回るが、ソットヴォ−チェ、かつ 軽いレッジェーロで指を駆け巡らせるのは至難の技。プロのピアニストでも、ここをその指示通り完璧に 再現している人は少ないです(ポリーニも完璧だが彼のはレッジェーロではなくレガーティッシモ)。それくらいの難技巧なのです。この楽章は あまり印象を与えず、あっさり弾くのがよいようです。

第3楽章 Largo ロ長調 4/4拍子
ノクターン風の極めて美しい楽章。ピアノから美しい音色を引き出せる技術を持った人の魔法の指から 紡ぎ出されると、この楽章は夢見の境地へと誘う素敵な抒情詩になります。逆にそうでない人が弾くと 退屈で平凡極まりない音楽となり、「夢見」どころではなく「熟睡」となってしまうでしょう。これほど演奏者の資質が そのまま演奏の魅力に直結してしまう恐ろしい音楽はないと思います。ゆったりと、しかし退屈させないで 9分間この楽章を聴かせられれば、音色を操る技術はまさにプロ級と言えるでしょう。演奏家の大試金石。みなさんも、まわりの 「自称ショパン弾き」にこれを試してみたらどうでしょうか(嫌われるのがオチ?)。

第4楽章 Finale, Presto ma non tanto ロ短調 4/4拍子
ピアノソナタ第3番をより一層演奏効果の高い作品にしている重要な楽章で、ロンド形式で書かれています。 この楽章の演奏技術の困難さ はどうでしょうか。ロ短調の第一主題は、2回目に登場するときはホ短調、3回目は再びロ短調だが、登場する毎に 左手の伴奏が速められていく形を取っています。2回目では左手は実に1オクターブ半以上の音域を駆け巡る 4連符となっていますし、3回目では2指、3指で5度を飛はなければならないような運指も登場するし、この辺 にくると、私の短い指はパニックを起こしています。ああ、手の大きさなんかどうでもいい、指の長さがほしい と痛切に感じる部分です。他にも右手のこまやかな6連符を処理しなければならないし、コーダは、音を外すことを 恐れていては音楽が死んでしまうということもあり、この第4楽章の技術的課題の多さはいかんともしがたいです。 (この楽章の練習の記録は、別コーナーの「ピアノ演奏奮闘記」に別途掲載する予定です)。 ピアノソナタ第3番という傑作の最後を飾るに相応しい豪華絢爛、輝かしいピアニズムが発揮された 最高の音楽であることに間違いないと思います。

曲目名曲度(最高5)体感難易度(最高10)一般的認知度(最高5)
ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ピアノソナタ第2番〜第1楽章---★★★★★★★★★---
ピアノソナタ第2番〜第2楽章---★★★★★★★★---
ピアノソナタ第2番〜第3楽章---★★★★★★★---
ピアノソナタ第2番〜第4楽章---★★★★★★★★★---
ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ピアノソナタ第3番〜第1楽章---★★★★★★★★★---
ピアノソナタ第3番〜第2楽章---★★★★★★★---
ピアノソナタ第3番〜第3楽章---★★★★★★★---
ピアノソナタ第3番〜第4楽章---★★★★★★★★★★---

更新履歴
2002/10/13 0次暫定版
2004/10/29 総括を加筆

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