ピアノ練習方法・上達法〜ピアノと受験勉強は両立できるか〜
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〜ピアノと受験勉強は両立できるか〜

ピアノと受験勉強は両立できないと考えている教師・親は多い
ピアノと受験は両立できるのか?これはピアノを習っている中学生・高校生(特に中学生)、およびその両親が最も気になることではないかと思います。 ピアノに打ち込んでいる子供を見て、そんなにピアノばかり弾いていて大丈夫なのか、その同じ時間を勉強時間にあててくれたらと願う親も多いと思います、いや「思う」も何も、 これは僕自身の中学生時代の状況でした。

結論から先に言えば、ピアノと勉強の両立はできます。

個人的な話で恐縮ですが、ここでまず僕自身の例を引き合いに出したいと思います。

管理人の場合
管理人のピアノ歴のページでも簡単に触れましたが、僕の将来の夢はピアニストになることでした。 ただそれが現実的な夢ではないことは十分に分かっていました。僕ぐらい弾ける人は星の数ほどいることは十分分かっていましたし、 ホロヴィッツのようになりたいと言っても、そのような人は星の数ほどいて、実際になれるのは世界でたった1人・・・ 世界でトップのピアニストになれる可能性は分母が天文学的な数字です。 どんなにピアニストになりたくても、熱い思いや純粋さだけではどうにもならないことです。 そしてピアニストを目指してなれなかった場合、食いはぐれるリスクが極めて高い・・・つぶしがきかないわけです。 ピアノの先生はピアニストを目指すことを強くすすめてくれましたが、僕自身がピアニストを目指すのが怖くなり、 両親からの猛反対にも遭い、ピアニストなりたいという夢は一旦封印しました。 僕は中学生時代からは総合成績が学年トップクラスだったこともあり、ピアニストへの夢を封印した代償として勉強を頑張り、 常にトップクラスの成績を取り続けていました。

高校受験では最後の方に諸事情により精神的に相当大きなダメージを受けたからか県立高校入試前の10日間、全く熱が下がらず、 その影響もあってか第1志望の隣接学区の県立高校に不合格、泣く泣く第4志望の県内の私立進学校に学力特待制度で進学しました。 その高校は東大至上主義で東大合格を2桁の大台に乗せようと躍起になっていた時期で、 その被害(?)をもろに受け、大事な青春の3年間を犠牲にし、高校3年生には抑うつ状態に陥り、全く頭が回らず東大に落ちて一浪となりました。 一浪時代には前年の借りを返すかのごとく快進撃を続け、河合塾の東大入試オープン、代ゼミの東大模試で次々にA判定を連発し、 今度こそ受かるべくして東大理T合格を果たしました。

そして東大ピアノの会という自分にピッタリなサークルを見つけ、自ら「入れて下さい」と志願しました。 その当日、サークルの会室のピアノでショパンのピアノ協奏曲第1番の第1楽章をほぼフルで弾いてしまいました・・・

やや自画自賛的な書き方になってしまって恐縮ですが、 ピアノと勉強、どちらもある程度は極めることができたと言ってよいのではないかと思います。 僕の例を見ても分かるように、目標を極上に設定するのではなく、このレベルまでで妥協するのであれば、両立は可能と考えてよいと思います。

このように簡単に書いてしまいましたが、実はそこに至るまで幾多の紆余曲折があり、悲しみの涙、悔し涙を流したことも数知れずでした。 そのような経験を皆さんと共有し、皆さんに僕からのメッセージとして伝えたいと思ったのが、このページを設けた最も大きな理由です。

ピアノを続けたいという必死の思いとやめさせられる不安との闘いの日々
中学校は地元の公立の中学校でした。僕はピアノが好きでしたが、練習の鬼と化したのは中2以降です。 中学校2年生の1学期中間テストでは学年1位を獲得し、その学期末に音楽の時間の終わりにクラスメートの前で革命のエチュードを弾いて 皆を圧倒したのは管理人のピアノ歴に書いた通りなのですが、実はその頃の僕は完全にピアノ中心の生活で勉強は二の次になっていたこともあって、 この第1学期の期末テストではやや冴えない成績でした。それを見て、学習塾の指導主任と親が危機感を感じてしまったのが運の尽きでした。 「次の定期テストで学年3位に入れなければピアノをやめさせる」と言ってきました。 実は後になって分かったのですが、これは僕が当時通っていた学習塾の指導主任の先生の意向でした。 当時僕は塾内の同学年でもトップクラスの成績を取っていて、最も期待されている生徒の1人でした。 「ピアノを習いながらこれだけの成績が取れるのだから、ピアノをやめさせたらどんなにすごい成績が取れるだろうか」という期待だったようです。 しかし「学年3位以内」を取るように約束させるとは今考えても乱暴極まりない、まさしく暴挙です。 この要求をそのまま呑んでしまうと、仮に学年3位に入れない場合には無条件にピアノを辞めさせられてしまいます。 それは僕には耐えがたい苦痛で「死」に等しいと言ってもよい状況で、どうしてもそれだけは避けなければなりませんでした。だから僕は次のように言いました。 「学年3位以内に必ず入るという約束はできない。トップの人たちはみんなできるから俺がどんなに頑張っても必ず入れるという保証はない。 だけど勉強は今まで以上に頑張ると約束するし、○○高校(隣接学区を含めたトップの県立高校)に入れるように頑張るから、どうかピアノだけは続けさせて・・・」と 僕は必死に訴えました。 それ以降、僕はピアノを辞めさせられるのではないかという不安に怯えながらピアノに向かい、そして勉強を頑張っているところを見せて、 好成績も取り続けて、という余裕のない状況に陥っていきました。 学年3位に入れなくても、頑張っているところを見せることで、何とかピアノを続けさせてほしいという強い気持ちを親に示していました。

多忙な受験生生活〜遂にピアノをやめさせられ奈落の底に
中学校3年生になってからは、学習塾では学年トップ数人の少数精鋭のクラスに学力選抜で入って、 学校と塾とピアノで目が回るほど忙しい生活を送っていました。 しかし塾や勉強をやめたいと思うことはあっても、ピアノをやめたいと思ったことは一度もありませんでした。 それだけ根っからのピアノ好きだったわけです。

そのような状況の中で、中3の時代は塾の授業時間と宿題の時間が増えて、その分、ピアノの練習時間が減ってしまい焦りとストレスが募っていました。 学校の定期テスト、総合テストでは相変わらず学年平均3〜4位、学習塾では近隣の各学校からトップクラスの生徒が集まっているにもかかわらず、 そのほとんどの人には負けず、2位のことが多かったです。 隣接学区を含めたトップの県立高校の合格率は90%と出ていましたし、安泰と考えてよい成績でした。 しかし高校受験も迫った11月、突然半強制的にピアノを中断させられてしまいました。高校受験の大事な時期だから、この時期ぐらい ピアノをやめて勉強に集中しなさいという親のメッセージでした。 僕は泣きました。「冗談じゃねえ、俺が勉強をここまで頑張ってこれたのはピアノがあったからだ、 ピアノを取り上げられたら、俺は何もやる気が起きない・・・勉強もやめてやる・・・ピアノだけは弾き続ける」 当時の日記を読むと、乱れた文字でそのようなことが書いてありました。一部涙でぬれた痕まであり、当時の心境が伝わってきます。 僕はショパンのピアノソナタ第3番の楽譜を買ってきて、取り掛かりました。 「もう俺は失うものは何もない。ピアノを弾いて弾いて弾きまくるんだ・・・」とやけくそになっていました。 かと言って、勉強も完全にやめてしまうわけにもいかず、というのも例の県立高校に合格すればピアノが再開できるからです。 しかしここから僕の心は徐々に病んでいきました。

僕の心が病んだ原因はピアノを中断させられたこと以外にも複数の要因が絡んでいるのですが、 仮にピアノを中断させられていなければ、ここまでひどい状況にはならずに済んだと思います。

2月には東京都内の最難関私立高校に不合格となり、その後、高熱を出し10日間全く熱が下がらず最悪の状態で例の県立高校の入試を迎えることになってしまいました。 それまでの模擬試験ではその県立高校は合格確実という判定のことがほとんどでしたが、 精神的にも肉体的にもボロボロとなり、その高校には不合格となりました。ちなみに同じ中学校からその高校には7人合格し全員が進学しました。 これで僕は全てを失いました。今風に言えば「俺の人生、詰んだ」といった言葉がまさにピッタリで、一時期は「死」も考えたほどでした。

もしピアノを中断していなければ、精神的にここまでひどい状況にはならずに、僕はそれまでの模擬試験の判定通り、この高校に受かっていたと思います。

その後、泣く泣く第4志望の私立進学校に学力特待制度で進学し、ピアノのレッスンの再開の希望は潰えました。 しかしピアノに向かう気持ちは相変わらずで、高校に入ってからはショパンのバラード・スケルツォに取り掛かり没頭する日々でした。 高校では午後6時過ぎまで毎日軟禁状態で勉強を強制された上に、帰宅後さらに3時間勉強するように言われていましたが、 帰宅後勉強などしなくても、僕は学年でトップクラスの成績を取り続けることができたので、「勉強している」という嘘がそのまま通用してしまいました。 例の県立高校に落ちた日々から精神的に立ち直るのに半年も要しましたが、その後も勉強ばかりで何の楽しみもない冴えない高校生活でした。 中学生の時のように皆の前で華麗にピアノを弾きたいと思っても、高校は進学一筋で進学に関係のない音楽などの授業は一切行わない方針であったため、 皆の前でピアノを弾く機会は一度も訪れませんでした。 そのような状況でつまらない高校生活を送り、高校3年生の時についに僕の脳はその機能を停止してしまいました。 成績は急降下、センター試験で何とか東大理Tの足切りに遭わず2次試験受験資格が与えられましたが、前期・後期ともに不合格・・・ またしても受験の敗者となりました。

こうして僕は浪人生となったわけですが、「こんなつまらない高校生活だったのだから、浪人生の時くらい、まともにピアノが弾きたい」と思い、 ピアノに向かう日々を続けていました。「東大を目指しているのなら、ピアノばかり弾いていないでもっと勉強しなさい」と親に言われましたが、 「それなら東大を目指すのはやめる。東工大にする、それだったらピアノを弾いてもいいでしょう」と言って相手にしませんでした。 しかしそれは僕の本心ではなく、高校生活3年間でこれだけつまらない生活を送ったのだから、それに見合う代償は東大合格だけだ、 東大に合格して全てを帳消しにする、ピアノを弾きながらであっても東大に合格できる自信はある」と思っていました。 だからピアノを弾き続けていたわけです。

こうして僕は周囲に干渉されながらもピアノを弾き続けるのをやめることなく、勉強も続け、東大合格を果たしました。

ピアノと受験勉強は両立できる、皆さんは親や学校の先生、塾の先生の理不尽な対応にひるむことなく、自分の信じる道を進み、 好きなピアノを弾き続けて下さい、それが勉強の妨げになることはない、ということを皆さんに伝えたいと思います。

子供が好きで取り組んでいることを取り上げないで下さい

僕の中学生時代・高校生時代・浪人生時代は、ピアノが弾きたくて仕方がない自分と、それを妨げる周囲の状況との闘いだったことが分かると思います。 僕をピアノから遠ざけようとする様々な圧力が働きましたが、僕はいずれにも屈することなくピアノを続けました。 いやむしろ僕が途中でピアノに向かうことをやめていたら、それ以外の全てのことに対してやる気を失って、 東大合格には程遠かったのではないかと思います。 ピアノを失えば僕にとって失うものは何もなく、「もうどうにでもなれ」と自暴自棄になり、来る日も来る日も24時間ふて寝を続けただろうと思います。

皆さんも同じような状況だったでしょうか。 しかしもしこれを読んでいる皆さんのお子さんがそのような状況、つまりピアノが好きで仕方がないという子供だとしたら、 どんな理由にせよ、ピアノを取り上げてしまうのは非常にかわいそうで、また「残酷」な行為だと思います。 ピアノが好きという子供の気持ちを配慮せず無視して親としての強権を発動するということは断じてあってはならないと思います。 ピアノが好きという純粋な気持ちは尊重してあげて下さい。でないと僕のようになってしまいます。 僕は最終的には周囲の圧力にめげずに自分の信じる道を進み、最終的にピアノと受験勉強がある程度高いレベルで両立できることを示すことができましたが、 これは結果オーライと考えるべきです。 上述したエピソードをお読みになれば分かるように、どこかで何かが一つでも狂ってしまえば、僕はとんでもない方向に行っていた可能性が高く、 このような対応はお勧めできません。

勉強させたいから、という理由でピアノを取り上げても、子供は勉強してくれないと考えるべきですし、 またピアノを取り上げるという行為自体、百害あって一利なしです。 特に僕のように三度の飯よりもピアノが好きで、ピアノが弾けなくなるくらいなら飯を食わずに死んだ方がマシと本気で考えるような子供の場合、 ピアノを取り上げることはその子の全てを取り上げることに等しいということを、どうか忘れないで下さい。

これが僕の経験から皆さんに是非とも伝えたいメッセージです。

初稿:2017/06/04

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