ショパン・幻想即興曲〜憧れの名曲・挑戦と挫折の繰り返し
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ショパン:即興曲第4番嬰ハ短調Op.66「幻想即興曲」:体感難易度 8.0/10, 個人的思い入れ:9/10

管理人のピアノ練習奮闘記、第2話は皆さんもよく知っているあの名曲、ショパンの「幻想即興曲」です。 ショパンの名曲は数多くありますが、その中でもピアノ学習者が憧れる名曲の筆頭は、やはりこの曲ではないでしょうか。 軽やかな嬰ハ短調の速いパッセージは華やかでありながらもどこか儚げで「詩」を感じさせます。 これを初めて聴いた人の多くは、「この世にこんな音楽があったのか」としばし呆然として感動に打ち震えたのではないかと 思います。いえ、思いますというより僕自身がそうでした。

僕は小学生の頃から、ピアノ教室の年に1回の発表会に出ていましたが、毎回と言っていいほど、 最後の「取り」を飾るお姉さんたちが、この幻想即興曲を代わる代わる弾いていて、 その演奏が自然に耳に入ってきていました。 それはそれでなかなか良い演奏だったのですが、僕が最初にレコードで聴いたのは ワルター・ハウツィッヒというピアニストの名曲集のLP盤でした。 このピアニストの名前はあまり聞かないですが、やはり無名なのでしょうか。 しかし演奏は結構素晴らしく、特に主部の速いパッセージは軽やかで物悲しい響きで、僕の理想に近い演奏でした。 家には幻想即興曲のレコードが他になかったこともあって、幻想即興曲と言えば、こればかり聴いていました。 しかし僕は今も昔も、ピアノ曲を聴いているだけでは飽き足らずすぐに弾きたくなる性分で、 実は小学校5年生の時に弾けもしないのにこの曲の全音ピアノピースを 買ってきて、無謀にも早速譜読みを始めたのですが、1〜2時間であえなく挫折しました。 #が4つもある嬰ハ短調という当時の僕にとっては難しい調性である上にダブルシャープまであり、 頭の中がカオス状態となってしまいました。おまけに右が16分音符、左が3連符でリズムが合わない・・・ そういうわけでまずは右手から音を取っていこう、ということで、地道な作業を開始しました。 「右手は16分休符から入り、最初はソ、これは♯が付くんだ、次はラ、これはええと、♯は付かないんだ、 その次はソ、これは♯、その次はファ、でもこれはダブルシャープがついているから、鍵盤上はソの音を弾くんだ、 その次は・・・」といったような調子です。こんな調子で譜読みをしていたら、時間がいくらあっても足りませんし、 いっこうに弾けるようにはなりません。「手も足も出ない」とはまさにこのことでした。そんなわけで僕はこの幻想即興曲を早々に封印しました。 しかし演奏を聴いていると、また弾きたい気持ちが頭をもたげてきて、今の僕なら何とかなるのではないかと、 また譜面台に楽譜を立てて譜読みを始めるのですが、やはり同じような調子でいっこうに進まず「やっぱりまだダメか」と挫折する、それを繰り返していました。 いくら指が動いても、楽典の知識が乏しく譜読みの能力が低く致命的に遅かったため、それがネックとなって、 幻想即興曲は僕の前で門前払い、高く立ちはだかる難関となっていました。 (実は英雄ポロネーズ(こちらは♭4つの変イ長調)でも同じ体験をしています)。 やはり楽譜を素早く読めるような楽典の知識の下地があってこそ、このような難曲に取り掛かれるのだと思います。 僕は生来、指の運動神経は抜群によかったようなので、そうした音楽の素養をもう少し早く身に付けていれば、 こんなところで足踏みするような人ではなかったのにと思うと残念のような気もしますが、 最終的にはそれに気づいて、しかも楽譜をたくさん読み込みながら楽典の知識も自然に身についていったので、 時期はやや遅れたものの、最終的には同じ場所には到達できたのではないかと思います。

前置きが長くなりましたが、例によってこの曲の背景についても簡単に説明したいと思います。 まず注目すべきはこの曲の作品番号です。作品66ですよね。 ショパンは生涯で即興曲を4曲作りましたが、この幻想即興曲は作品番号が最も後で、即興曲第4番です。 そこで皆さんにクイズです。この幻想即興曲はショパンの即興曲の中で最後に作られたものでしょうか?YES, NOで答えて下さい、 というクイズです(このようなクイズは当サイトのショパンクイズにもありますよね)。 わざわざこのような問題を作るからには答えはNOであることは予想できましたよね。その通りです。最後どころか、何と「最初」なんですよ。 ショパンの4曲の即興曲の中で最初に書いた作品がこの幻想即興曲なのです。 それなのに、何故作品番号が最も後になってしまったのか?その謎にこそ、ショパンがこの曲に込めた思いがあるんです。 実はこの曲は生前、ショパンは出版しなかったんです。 そして生前出版しなかった全ての作品の草稿はそのまま破棄してほしいという、何とも忌まわしい遺言まで残しています。 ショパンが生前出版した作品は、作品番号1のロンドから作品番号65のチェロソナタまでです。 残された人たちがショパンの遺言に忠実に従っていたなら、作品66以降の作品は現在、何1つとして この世に存在しなかったことになります。もちろんこの幻想即興曲も、です。げに、恐ろしい話ですね。 こんなに素晴らしい我々人類の宝のような作品が永遠に闇に葬られていたとしたら、 僕たちにとってそれは痛すぎるほどの大きな損失ですからね。

それでは当のショパンは何故この曲を出版したがらなかったのでしょうか。 ここでちょっと横道に逸れます。僕は中学校2年生の初夏頃からこの幻想即興曲に本格的に取り組み、 最後まで弾けるようになったのですが、その直後に旺盛にも今度はベートーヴェンのピアノソナタ「月光」にも 取りかかり特に第3楽章に力を入れて練習していました。第3楽章も終わりに近づき、コーダの最も演奏効果が高く その割に易しいアルペジオの連続部が終わった後、半音階を駆け上がって、ラシラシ〜のトリルの後の 右手だけの下降音型を弾いた時、ここは「あれ、これはもしや・・・」と思ったのです。 幻想即興曲の例の音型に瓜二つ、いやそっくりそのままではないですか。 いやあ、ショパンとしたことが・・・と思ったのは言うまでもありませんが、 ベートーヴェンの月光ソナタの第3楽章のこの音型とショパンの幻想即興曲のこの音型が 酷似しているという事実はこの2曲を弾いたことがある人にしか分からないと思いますし、 当然のことながら聴いているだけの人にはまず分からないと思います。 素材が同じでもその調理法によっていかようにも変わりうるように、 この音型という素材は同じでも、作曲者自身の感性やセンスによって、このように全く異なった印象を 聴く人に与えるわけで、だからこれは借用だったとしても許されると僕は思いますし、 著作権法に抵触するほどのものではないと僕は思います。しかしショパンは音楽家倫理に鑑み、 そこに罪悪感を感じていたのでしょうか。 専門的に見れば、幻想即興曲はショパンの中では決して最高に優れた作品とまでは言えないようで、 自分に厳しかったショパンにしてみれば、このような作品が自分の創作として後の世に公開されることを 天才作曲家としてのプライドが許さなかったというのが一般的な見方ではないかと思います。

次に幻想即興曲に本格的に着手した経緯について説明したいと思います。 中学校2年生の初めから、ピアノレッスンでは難易度Dのベートーヴェンの「悲愴」ソナタを弾いていたのは 管理人のピアノ歴でも述べた通りで、それと並行して難易度Eの軍隊ポロネーズも独習で一応ものにして 学校でも演奏を披露して自信にもつながりました。 僕は幻想即興曲に憧れていた小学生以来、この曲を弾きたいという熱い思いを片時も忘れることはありませんでしたが、 手をつけるたびに♯4つの嬰ハ短調の難しい譜読みに難渋しては挫折するということを繰り返したのは前述した通りです。 僕は幻想即興曲が全音ピアノピースで難易度E(上級)であることを意識していて、そこに到達するまでの 遠い道のりに思いを馳せていました。しかし、難易度Dのベートーヴェンの悲愴ソナタや難易度Eのショパンの軍隊ポロネーズが 一応弾けるようになったこの時、少なくとも全音ピアノピースの難易度が同レベルの幻想即興曲も 弾けるレベルに達しつつあるのではないか、今なら弾けるようになるのではないかという望みを抱き始めました。 こうして僕は幻想即興曲に本格的に着手することを決意しました。もちろんレッスンに持っていく前なので、まずは独習です。 この時は小学生の頃、譜読み・音取りで苦労したのが嘘のように比較的スムーズに進みました。 調号の多い調性には慣れてきていましたし、嬰ハ短調という調性も、小学校6年生のピアノ発表会で弾いた シューベルトの即興曲Op.90-4の中間部などで経験していて、嬰ハ短調で♯が付く音と付かない音は既に分かっていたため、 譜読みの苦労はほとんどなくなっていました。右手の動きがやや難しかったですが、手がその動きを覚えてしまえば、 自動的にその動きが再現できるようになってきました。左手の動きも速いですが、パターン化されていて、 右手に比べると随分易しい動きなのが救われました。 問題となったのは、右手16分音符に対して左手が3連符(つまり4対3)の複合リズムで、これを理屈で厳密に合わせるのは困難というより不可能です。 2対3または3対2の複合リズムの場合、その最小公倍数6で1拍を割って正確に刻むことは可能で、 これはピアノ演奏テクニックの基本中の基本で、あらゆる曲に頻出するリズムパターンです。しかし、4対3の複合リズムの場合、 それと同様に4と3の最小公倍数12で1拍を割って極めてスローなテンポで正確に刻んだとしても、 実際に演奏するテンポに上げた途端、人間の脳の処理能力をはるかに超えてしまいます。 つまり拍を正確に刻んでそこに正確に割り振っていくのは現実的ではないわけです。 ではどうすればいいのでしょうか?答えは至って簡単、「適当に弾く」です。 そんな馬鹿な、と思う人もいるでしょうけど、ピアノ演奏なんて所詮そんなものです。 しかし適当といっても、それはいい加減ということではありません。右手と左手を十分に練習して、 それぞれの16分音符と3連符が均等かつ正確に弾けるようになり、その感覚を手が十分に覚えてから、 両手を合わせて弾くわけです。片手ずつではきちんと弾けていたのに、両手になった途端上手くいかない、 というようなこともあるでしょうし、初めから上手くいかないことも多いと思いますが、 人間には適応力という恐るべき潜在能力が備わっています。ここではこれを利用します。 根気強く両手で弾いていくと、上手く弾けた時の感覚を身体が記憶し、次もその記憶が引き出されるようになります。 右手と左手の動きが自然と合っていって、コントロールできるようになってきます。 その際、気を付けるポイントとしては、右手の16分音符と左手の3連符の初めの音のタイミングを必ず一致させることです。 その後は勢いで弾いてよいのですが、この拍の頭の音は必ず一致させるということは徹底して守って下さい。 こうすることで、この慣れない複合リズムは見事制覇できます。

中学校2年生の夏頃に、革命のエチュードとほぼ時期を同じくして、この憧れの名曲「幻想即興曲」も 一通り弾けるようになりました。小学生の頃はあれだけ何度も挫折したのに、中学校2年生の時には 特に大きな苦労もなく弾けるようになってしまったことを思うと、僕も本当に上達したんだな、と感慨にふけったものでした。 中学校のクラスメートや音楽の先生の前で、革命のエチュードを弾いて 衝撃を与えたことは他のページでも述べた通りですが、実はこの時、この幻想即興曲も速い部分だけ弾いて、 大きな衝撃を与えていました。弾けるようになったときに、早速それを披露できる場があるというのは 本当に恵まれていましたし、それが僕がピアノに向かうモチベーションにもなっていました。

僕は当初、ピアノの発表会で幻想即興曲を弾くことを夢見ていましたが、 それを超える難曲・革命のエチュードをその年度末のピアノ発表会で披露し大成功を収めたのだから、 運命というのは不思議なものだと思います。もう少し早い時期にこの曲に手を付けていれば、 あるいはもう少しこの曲を持ち曲にしたメリットを享受できたかもしれないのに、と思うと何とも皮肉なものですが、 それ以降、この曲は僕にとっていつの時代にも大切なレパートリーになりました。

ショパンがもし今の時代に生きていたとしたら、この曲がこの世に残ってしまったことを不本意に思うのかもしれませんが、 僕は個人的にはこの曲が好きです。遠い昔、小学生の頃、憧れた思い出の名曲、そして挑戦と挫折を繰り返して、 中学校2年生でやっとものにすることができた、それ以後も大切なレパートリーとして僕の中で生き続ける名曲・・・ この曲には賛否両論あるかと思いますが、この曲に憧れた皆さんは、きっとこの曲を愛している、そう思います。 天国のショパンもそんな僕たちの状況を見て、微笑んでくれているのではないでしょうか。 「僕のつまらない曲を、こんなに愛してくれる人たちがたくさんいて、本当に幸せだよ」 というショパンの屈託のない声が聞こえてくるようです。

初稿:2002年10月
第2稿:2016年1月20日
注:初稿ではストーリーの便宜上、説明が面倒だったこともあって中学校2年生の時に幻想即興曲に初着手したことにしてしまいましたが、 本当は小学生の頃から挑戦と挫折を繰り返していました。ただその挑戦と挫折は時間を無駄にした上に何も身についていなかったため、 話のネタとしては取るに足らない些細なことと考えて、カットしてしまいました。今回はその経緯も忠実に再現しました。

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