ショパン演奏
〜ショパン・ピアノソナタ第2番・第3番〜
 
ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35

ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35〜第1楽章
演奏時間 7' 21''

ショパンのピアノソナタは1番〜3番まで3曲ありますが、その中でよく知られているのは2番と3番で、今回は第2番の全楽章を 一度にアップすることにしました。第3楽章に有名な「葬送行進曲」があることが一般的な人気を高めているようですが、 僕が一番好きな楽章は、この第1楽章です。曲中に渡って、細切れのモチーフ(「愛って何」と聴こえると言う人がいますね(笑))を 巧みに使いながら曲を構成していますが、技術的には提示部のDoppio movimento(2倍の速さで)と表示されている部分の 左手が特に難しく、完璧に弾くには柔軟性に加えてある程度の手の大きさが必要になる部分です。しかし僕がこの曲で一番好きなのは、 実はロマンティックで痛切な第2主題です。展開部で徐々に盛り上がってクライマックスに達する部分もいいですね。 暗い激しさと静けさが同居しつつも巧みに融合されていて、これはショパンの名作の1つに間違いないと思っています。

ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35〜第2楽章
演奏時間 6' 45''

この第2楽章は、主部では跳躍が多く、かなり体育会系的なハードさがあり、弾いていて体力を消耗します。 かなり速いテンポで弾かなければならないので、少ない練習量では、頻発するミスを避けることが難しく感じました。 その意味で、この楽章は、技術的にはかなり危険度が高いと思います。 それからこの楽章の中間部が実はとても好きで、この演奏でもテンポルバートを多用して歌ってみました。 主部が弾き込み不足でやや完成度が甘いですが、この季節にもかかわらず汗だくになって練習した成果は 一応残せたかな、と思っています。

ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35〜第3楽章「葬送行進曲」
演奏時間 8' 38''

「ショパン名曲集」の定番にもなっている有名な「葬送行進曲」です。 死者を弔う儀式の音楽ということで、主部は暗く荘厳で重厚な和音が続き、実際、ショパンの葬儀にもこの曲が使われたそうです。 中間部は御霊を鎮めるという趣旨なのか、天国的な美しさを持つ旋律が静かに歌われます。 曲の内容に比べて若干冗長な印象がありますが、印象深い曲だと思います。

ピアノソナタ第2番変ロ短調Op.35〜第4楽章
演奏時間 1' 35''

この楽章は、最初から最後までユニゾン(左手と右手がオクターブ違いの音を弾き続ける)が 絶え間なく延々と続く常動曲ですが、 音のカオス、混沌とした音の配列で、音楽の流れが把握しにくく、つかみどころのない曲調ですよね。 実際、調性もはっきりせず、最後の数小節になって、やっと変ロ短調という調性がはっきりしてきます。 荒涼とした響きで、ショパンはこの楽章を「葬送行進曲」の後において締めくくることで、 ピアノソナタ2番の印象をより暗く絶望的なものにしようという意図があったのではないかと個人的には感じます。 ちなみにこの楽章は技術的にはかなり難しく、エチュードと同じ感覚で弾いています。 やや雑な仕上がりですね。もう少し弾き込みが必要だったかも…

 

ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58

ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58〜第1楽章
演奏時間 8' 34''

ショパンの3曲のピアノソナタの中で最も人気が高い、ショパン円熟期の傑作・ピアノソナタ第3番です。 4楽章構成という点では、第1番、第2番と同じですが、より一層規模が大きく構成や和声が複雑になっており、 楽想が豊富に盛り込まれています。 楽章別ではこの第1楽章と最終の第4楽章(特に第4楽章)の人気がとりわけ高いですが、個人的に思い入れがあり最も好きなのが、 今回取り上げたこの第1楽章です。構成はソナタ形式で、提示部は第1主題がロ短調、第2主題がニ長調、終結部がニ長調ですが、 穏やかで安定した第2主題に入るまでの構成や和声は実に複雑で、実は調性さえもはっきりしない箇所がほとんどです。 それに加えて提示部の技巧的な難所もこの前半部分に集中しているため、この曲を弾く人にとって、この鬼門を乗り越えるのも 大きな課題となります。また第2主題が嬰ヘ短調で終了してから、ニ長調の提示部の終結部に入るまでの何とも形容しがたい 、まさに抽象的としか言いようがない楽想は並みの発想では到底思い浮かばない、まさに天才の音楽と思います。 提示部の終結部はニ長調で、神々しさを感じさせる詩情豊かな旋律で締めくくります。 展開部は提示部の第1主題のモチーフを使いながら調性不明の激しい楽句が吹き荒れます。 ここは技術的にこの楽章最大の難所です。展開部が終わると、再現部の第1主題部は大幅に省略・変更され、 第2主題は短3度低いロ長調で再現されます。あとは細かい違いを除いて、提示部の再現となり、 短いコーダによってそのままの調性(ロ長調)で締めくくられます。構成は複雑ですが、このような予備知識を持って この曲を聴いていくと何度か聴くうちに構成や曲想が把握できるのではないかと思います。 とにかく素晴らしい楽章です。なお、演奏は提示部の繰り返しを省略しています(今では省略するのが多数派です)。

ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58〜第2楽章
演奏時間 2' 33''

3部形式で書かれたスケルツォの短い楽章です。主部はいきなり変ホ長調で始まり、これはロ長調で終わった第1楽章とは かなりの遠隔調で、調性の関連性が一見希薄に思えてきますが、第1楽章の最終和音の最高音がロ長調の主音ではなく第3音のD♯(E♭と等価で、 これは変ホ長調の本楽章の主音)としたことで、一見遠隔調のようでも、調性の関連性が見出されます。 この主部では、右手は控えめな音量で軽いレッジェーロで粒を揃えながら疾駆しなければならないため、やや高度な技巧が要求されます。 中間部は変ホ長調からロ長調へと再び遠隔転調しますが、既に第1楽章の再現部で登場済みの調性であるため、そこまで大きな違和感は ないと思います。ショパンはこの楽章で変ホ長調とロ長調という水と油のような調性を融合させるという斬新な試みをしているようです。

ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58〜第3楽章
演奏時間 8' 24''

本ソナタの中では唯一の純粋な緩徐楽章で、静かで深くロマンティックな旋律はノクターンを想わせます。 序奏はD♯から始まりますが、これは第2楽章の最終音E♭と等価であり、この序奏を経て、ようやくロ長調という調性に至ります。 この楽章も3部形式で書かれており、主部はほぼ一定のリズムを刻む左手の伴奏が特徴で、ロ長調をメインに嬰ヘ長調、その他、 調性不明の経過楽句を経て、ホ長調で始まる中間部へと流れていきます。ここは右手でゆっくりと流れるような絶え間ない3連符を 奏し、一方の左手は和音を保持するというのが基本のパターンになっており、いささか退屈に感じる人もいるかもしれないと 思います。しかし、その時その時を支配する和声が刻々と微妙に変化し、移り行くはかない楽想の美しさや移ろいの妙は 例えようもないほど美しく、ピアノソナタ3番の全楽章の中で本楽章が最も好きというショパン愛好家もいるほどです。 本楽章の8分〜9分間という演奏時間は、全楽章の規模からみてバランス的にやや長すぎる、冗長すぎる、という評価も 時に目にしますが、ショパンはもしかしたら、この作品において、意識的にか無意識的にか、 ベートーヴェンの第9交響曲の影響を受けていたのかもしれない、と個人的には思ったりもします。 こうして余韻を残して静かに本楽章を終わった後、その流れは華やかな第4楽章に受け渡されます。

ピアノソナタ第3番ロ短調Op.58〜第4楽章
演奏時間 5' 01''

ピアノソナタ第3番の最後を飾るにふさわしい華麗で演奏効果の高い楽章で、一般的にこの作品の中で最も人気の高い楽章です。 構成はロンド形式で、大まかには、序奏+A+B+A'+B'+A''+コーダという構成です。 和音の強打の連続で始まる序奏の後、早速ロンドの主題がロ短調で示され、右手のロンドの主題は後半、 オクターブとなります。この主題部は、計3回登場し、1回目ロ短調、2回目ホ短調、3回目ロ短調という調性で、伴奏型は、 1回目が左手と同じ8分音符(8分の6拍子であるため、「3連符」のようなもの)、2回目が「4連符」、3回目が「6連符」と、 登場するたびに速度が速くなり、難易度が上がっていきます。左手の伴奏型の音域も広く、2回目や3回目は結構大変です。 その間に登場するもう1つの主題(こちらの方がインパクトがありそうですが)B、B'は右手に華麗なスケール、パッセージが登場し、 この曲の演奏効果をさらに高める効果があります。コーダも華やかで、右手の速いパッセージと力強く輝かしい和音によって、 本曲ピアノソナタ3番は華麗に締めくくられます。 この第4楽章は難易度的にも全楽章中、最も高いと個人的には思います。 この曲の速度表示は'Presto'という最高に近い速度ですが、'ma non tanto'として「あまり速すぎないように」という 注意書きが添えられています。しかし、アルゲリッチのテンポは破格としても、ポリーニも4分50秒弱で弾いており、 個人的には速い演奏の方が好きであるため、多少正確さを犠牲にしても速く弾くことが必要と感じます。